平安京から千年余りの間、王城の地であり続けた京都。その中心地、御所の西は、かつての平安時代の公家や貴族の屋敷が数多く点在し、豊かな伝統文化を育んできました。室町時代には、3代将軍 足利義満が権威を高める新たな政庁として、幕府を上京に移したことから、ここ御所西エリアには公家とともに大名・武家が屋敷を構えたと伝えられています。将軍、足利義満の室町殿。東は烏丸、西は室町、南は今出川、北は上立売という東西1町、南北2町という広大な邸内には鴨川の水が引かれ、池畔・築山には四季折々に花の咲く庭がしつらえられ、室町殿は「花の御所」と呼ばれていました。

京の貴重な都市文化ともいえる、美と雅の源流を見いだした室町殿。その美しい庭園を舞台に七夕には七瓶花合、能楽など、さまざまな宴が催され、雅な歳事は宮中・公家にも流行したと伝えられています。足利義満の美と雅の世界観は、後に金閣寺を舞台とした北山文化へ。さらに8代将軍 足利義政が継承、銀閣寺にて東山文化を開花させ、連歌、能、茶の湯、生け花、香合、建築、庭園など、室町時代に育まれた美と雅の世界は、現在も京都を代表するイメージとして生き続けています。

「ブランズ京都御所西」の北東向かい。今出川通室町角には往時の室町殿を偲ばせる「室町幕府址」の石碑が建立されています。6世紀半もの間、磨き続けられた美意識の御前。かつて将軍母の室町別殿があったとされる御所西のこの地に、次代に継承すべき歴史の脈絡を纏った「ブランズ京都御所西」全38邸を創造。東急不動産から京の雅を愛する貴方様にお贈りします。

茶華道をはじめ、京文化を全国へ広めた同朋衆。

室町時代に開花した京を代表する諸芸や芸能が京文化の源流をなし、広く親しまれるようになったのは、将軍の傍らにいた「同朋衆」と呼ばれる芸術家たちの活躍によるものと言われています。茶、花、連歌、和歌など、一芸に秀でたものは、身分などにかかわらず才能が認められれば手厚い保護のもと、新しい芸の世界を創造していきました。「能」を大成させた世阿弥(能楽師)もその一人、その真髄は弟子によって今なお受け継がれています。上京区には、その世阿弥の屋敷跡、茶の湯の伝統を伝える三千家の家元、後の京絵師である狩野元信邸跡、本阿弥光悦の屋敷跡など、京文化の発祥とも呼べる伝統の起源が点在しています。